
箱根火山が30万年の年月をかけてカルデラや温泉を生んだ土地です。
箱根の温泉の開湯は奈良時代。
街道や電車など交通機関の整備と共に、人気の旅先として発展してきました。
過去の資料では、湯本をはじめ箱根七湯すべてが番付に入り、湯治の湯として認められています。江戸庶民が“温泉”を”観光”として発展させた「箱根」は、現在では、「都心に一番身近な温泉郷」として宿泊利用者数が全国一位の温泉リゾートになっています。

箱根の由来には、いろいろな説があります。例えば。。。
・ハコは「神仙」、ネは「山」という意味で、ハコネとは神の住む山である
・火山により、カルデラと外輪山ができ、地形が凹んだ箱のようなことから
など。由来として正しい解釈は、未だ判明していません。
箱根の長い歴史の中には、未だに解明されていない神秘が数多くあります。

神々の山だった説など「神話」の残る箱根。
1200万年前、開湯とともに発展した軌跡は、多くの文献や資料などによって描かれています。年表をもとにご紹介してゆきます。
| 757年(奈良時代) | 泰澄弟子“浄定坊”が湯本温泉を開くと伝える。 |
|---|---|
| 1280年(鎌倉時代) | 歌人飛鳥井雅有、紀行文に芦之湯温泉の記述を残す。 |
| 1590年(戦国時代) | 秀吉が箱根山を越え、家康鷹の巣城を落とす。 |
| 1605年(江戸時代) | 阿弥陀寺弾誓上人、塔之沢温泉を発見する。 |
| 1626年(江戸時代) | 箱根関所が開設される。 |
| 1781年(江戸時代) | 鳥居清長「箱根七湯名所」を刊行。 |
| 1812年(江戸時代) | 箱根宿大火災、136件が焼失する。 |
| 1843年(江戸時代) | 箱根七湯の湯宿経営に関する営業協定を結ぶ。 |
| 1854年(江戸時代) | 広重、福住正兄の注文で「箱根七湯方角略図」を描く。 |
| 1869年(明治) | 箱根関所が廃止。 |
| 1873年(明治) | 福沢諭吉、塔之沢福住にて、箱根山車車道開削を提言。 |
| 1877年(明治) | 山口仙之助、外人専門の富士屋ホテルを開業する。 |
| 1886年(明治) | 榎本猪三郎、森田吉兵衛らにより。小涌谷誕生。 |
| 1891年(明治) | 富士屋ホテルに自家用発電機。箱根に初めて電気が通る。 |
| 1920年(大正) | 第一回東京-箱根間大学駅伝競走始まる。 |

箱根の発展に尽力した人のほとんどは交通の整備に関わっています。皆さん誰もが知る壱万円の福沢諭吉も、その一人。
諭吉は体が悪く、湯治に箱根を好んで訪れましたが、あまりの交通の不便さに道路の開削の手助けをします。
又、富士屋ホテルを開業した山口仙之助は、私費で道路を作ったり、水力発電の設置にも関わりました。
二宮尊徳の門下生、福住正兄もまた箱根で旅館を経営する傍ら、道路整備や馬車鉄道敷設嘆願書を県に出しています。そして、政治家でもあった利光鶴松は現・小田急電鉄を創立。新宿ー小田原間を鉄道で結び、一気に箱根の旅を身近なものにしました。
福沢諭吉
山口仙之助
福住正兄
榎本恭三
パワースポットとして人気の箱根神社・九頭竜神社をはじめ、箱根旧街道を巡れば、江戸時代から続く茶屋や箱根関所など、まるで江戸時代にタイムスリップしたような景色が広がります。
穴場は、仙石原の北にある“金時山”、飴でおなじみ金太郎の伝説が残る山です。
神社内には、金太郎のまさかりが!? 標高1212mなので山登り付きです。
箱根神社
九頭竜神社
箱根関所
箱根旧街道石畳
箱根は、安藤広重らが浮世絵で多くの風景を残した地でもあります。
また、明治から、それぞれの旅館の建築など、温泉場の発展の記録が写真で残っており、当時のままの外観を保った宿など、古き良き宿を感じることもできる資料をご覧ください。
「はこね谷川之図」
「箱根七湯名所」
「箱根七湯一覧」
明治11年 宮ノ下付近
富士屋ホテル
富士屋ホテル
富士屋ホテル
富士屋ホテル写真
あなたにぴったりの旅館・ホテルがみつかる。箱根温泉の総合サイト「箱ぴた」