カテゴリー別アーカイブ: 5.開発と保護の調和を求めて

【行政の対応】

 開発による自然破壊を眼のあたりにした新箱根町の幹部は、亀井一郎町長を中心に、自然保護を正面に打ち出した新町建設の計画を樹立した。昭和三十九年(一九六四)三月の「観光を主体とした総合計画」――緑とともに――には次のように … 続きを読む

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

【文化財保護の立場より】

 箱根町は、昭和三十四年(一九五九)文化財保護委員会を創設、町内所在の文化財保護に取り組みはじめたが、特に貴重な動植物が開発のため絶滅するのを防ぐため町指定天然記念物として保護することとなった。  (1) タヌキモ 箱根 … 続きを読む

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【美化パトロール隊】

 さらに箱根町では、観光開発等による自然破壊や環境汚染に対し「観光美化推進都市」を宣言して住民の環境美化意識を高めると共に、昭和四十五年「箱根町観光美化パトロール隊の設置等に関する条例」を制定した。  箱根町内の自然と文 … 続きを読む

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【鳥獣保護区の設定】

 昭和五年(一九三〇)十月十日付貿易新聞は、内田清之助博士が〝箱根全山禁猟区指定について進言〟と報じている。国立公園指定の動きの中で農林省は昭和十年、中央火口丘全域を含む箱根の大半を鳥獣保護区に指定した。しかし、戦中戦後 … 続きを読む

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【サルが山からおりる】

 大観山付近の山奥にわずかに残存していた野猿の小群があったが、戦後山頂付近まで開発され安住の場を失った彼らは奥湯河原や須雲川上流に出没し始めた。早速新しい観光資源として餌付けが行われ畑宿の見晴らし茶屋付近にも野猿が集まっ … 続きを読む

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【国立公園計画の見直し】

 自然公園の歴史は、一八七二年にアメリカがイエローストーン国立公園を設立したのが始まりである。我が国では大正十一年(一九二二)、国立公園設定に関する調査が開始され、箱根でも昭和二年(一九二七)八月二十日、国立公園指定出願 … 続きを読む

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