【組合事務所の新設】

 組合の事務所は慣例でその行事宅に置かれていたが、大正二年頃から塔之沢環翠楼の一室(現在の環翠楼のガレージ付近・鈴木二六氏談)を借用するようになった。その後別棟の建物に移ったが、昭和十五年(一九四〇)九月法人組織に改組後は統制経済下組合の業務も多岐にわたり、事務所、会議室の他常勤事務員の宿所や倉庫などを設置せねばならなくなった。組合事務所は太平洋戦争の最中、労働力、建築資材共に極度に欠乏した時代であったが、組合幹部の努力と環翠楼の厚意により昭和十七年十一月三日に完成した。建設に当っては、商業協同組合法に定める事業として国庫補助を受け費用の四分の一を賄っている。事務所の建築概要を見ると次のようである。

  一 建物の名称 箱根温泉旅館商業組合共同施設
  二 建築の場所 湯本町大字塔之沢字湯沢一〇九(七二・八坪)
  三 構造    木造二階(一部平屋)屋根亜鉛ぶき
    一階    四十一坪五合
    二階    二十二坪七合五勺
    その他     一坪一合三勺
    合計    六十五坪三合八勺
         (事務室、従業員修養道場、倉庫、共同仕入所、従業員宿所)
  四 建築費
          総額 一万八千九百六十円(付帯工事 電気工事を含む)
          建築本体工事 一万七千九百七十円 一坪単価 二百八十円
           本体工事請負人 小田原市幸町三-五一二 津山義嗣
           電気関係 小田原電栄会
  五 補助金   四千六百円(国庫補助)
          補助申請 昭和十六年七月十九日
          補助決定 昭和十七年三月十日 商工省指令十六号
  六 竣工    昭和十七年十一月三日(竣工式 十一月十五日)

 事務所建築に先立って、組合は土地所有者梅村勝枝と賃借契約を結び、地代を一か月十四円五十六銭と定めた。また、この共同施設の建築にあたり、石村喜作は個人として請負契約又はその他の不都合があった時の保証として二万の範囲において融通する旨の一札を、組合の理事長たる石村喜作に入れている。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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