【終戦時の箱根温泉旅館施設組合】

 太平洋戦争も昭和二十年に入ると、沖縄本島が戦場と化し、都市空襲の熾烈さは我が国史上かつて経験のない戦局となった。
 このような状況の中で組合は学童疎開の宿舎提供や陸軍病院に対する協力に全力をあげていた。また、寝具や電話機の供出などの命令にも進んで協力し、疎開児童の保護者の空襲による罹災には箱根全山の旅館がこぞって見舞金の拠出を行い、戦争の痛みを分ち合った。しかし、長かった戦争も大きな犠牲を残して八月十五日終戦を迎え、日本は連合国軍の占領下におかれた。
 組合は終戦一週間後の八月二十三日には、早速理事会を招集して急変した時局への対策を協議し、旅館の当面する問題についての対応策を組合員に指導している。
 陸軍病院が閉鎖したのは九月三十日(本部は十二月一日)であったが、分院として接収されていた旅館九戸中七戸は、手際よい組合の指導をうけて十月十六日旅館営業の開始届けを提出した。
 神奈川県商工経済会の小田原支部が開設された十一月七日を中心に、早くも戦後の観光行政が動き始め、県央には神奈川県観光協会が設立された。また神奈川県は小田原警察署を通して進駐軍の宿泊受入人員調査を実施した。組合は開業中の旅館に対し、宿泊料金の協定を行い旅館を等級別に区分して、宿泊料の最高額を提示している。
一級-十八円、二級-十五円、三級-十二円と定め、外人客の場合は一泊三十円とした。
 終戦の年に営業を開始した旅館の数は次のとおりである。

    十月一日に開業   七軒
    十一月一日に開業  十軒
    十一月十五日に開業 十一軒
    十二月一日に開業  十軒

 十二月一日には小田原警察署の特別高等警察が廃止され、旅館ホテルに投宿する旅行者の取締りも無くなって、箱根は本来の温泉場に戻りつつあった。組合は更に箱根の今後の有り方を考え、早くも関係官庁との対策会議を開催している。その対策会議は十二月一日に組合事務所の会議室に招集された。厚生省健民企画課長、神奈川県関係課長、箱根全山各町村長と旅館施設組合の四者合同会議であった。
 組合は、ようやくとりもどした箱根山の平静さの中で、温泉観光開発の意欲に燃えその準備に入っていた。施設の改善や修理に要する資材等は、一括組合が窓口となって調達にあたった。更に機器材の入手に全力を注ぎ各官庁に対し縁故助成の運動に奔走した。幸にも横浜市からは、集団学童疎開引受けの縁故もあって多量の斡旋があった。組合としてもこれは望外の恩恵であった。
 戦争は終わったが物価統制はなお続いた。神奈川県は物価庁長官桂膳之助の発する統制命令書に基づき、〝旅館宿泊料金ノ最高統制額〟を神奈川県告示第四二三号として公示した。この物価庁長官の令達は実に詳細で、宿泊料金を十段階にランクづけ、最高三〇円、最低一六円とした。また一泊客の滞留時間、学生などの団体客の宿泊条件、畳敷の部屋の定員数などをこまかく規定している。

   神奈川県告示第四二三号
  物価統制令第四条ノ規定ニヨル神奈川県ニ於ケル旅館宿泊料金ノ統制額ハ物価庁長官ガ左ノ通リ指定
  サレタ
        昭和二十一年十月二十日
                                神奈川県知事 内山岩太郎
  物価統制令第四条ノ規定ニヨツテ神奈川県ニ於ケル旅館宿泊料金ノ統制額ヲ次ノ通リ指定シ、コレヲ
  即日実施スル
        昭和二十一年十月二十日
                                物価庁長官  桂膳之助

   旅館宿泊料金ノ最高統制額 
                       宿泊料金内訳
     旅館級別 室等級  宿泊料金   室料     夕食料    朝食料
     一級   一等   三〇円〇〇  一五円〇〇  一〇円〇〇  五円〇〇    
          二等   二八、〇〇  一三、〇〇  一〇、〇〇  五、〇〇
     二級   一等   二八、〇〇  一四、〇〇   九、五〇  四、五〇
          二等   二六、〇〇  一二、〇〇   九、五〇  四、五〇
     三級   一等   二五、〇〇  一二、五〇   八、五〇  四、〇〇
          二等   二三、〇〇  一〇、五〇   八、五〇  四、〇〇
     四級   一等   二二、〇〇  一一、〇〇   七、五〇  三、五〇
          二等   二〇、〇〇   九、〇〇   七、五〇  三、五〇
     五級   一等   一八、〇〇   九、〇〇   六、〇〇  三、〇〇
          二等   一六、〇〇   七、〇〇   六、〇〇  三、〇〇
     昼食料ハ各級等共夕食料ト同額以内トスル
 一  本表ノ宿泊料金統制額ハ普通料金(朝夕二食付一泊)トシ、朝食ナシ半泊料金ハコノ料金カラ夕
    食ノ三分ノ二ヲ差引イタ額以内トスル、但シ夕食ヲ午前中ニ断ツタ場合及ビ夕食ナシガ当然デア
    ル場合ノ半泊料金ハ夕食料ノ全額ヲ差引イタ額トスル、食事ナシノ素泊料金ハ室料ダケノ額トス
    ル
 二  一泊トハ当日午後到着シテ翌日午前十時迄滞在スルモノヲ謂ヒ、コノ時間以外ノ到着又ハ出発ノ
    場合ハ宿泊料金ノ外七項ニヨツテ算出シタ室使用料ヲ請求スルコトガ出来ル、但シ滞在客ノ滞在
    期間中ハ適用サレナイ
 三  同一室ニ別表ニ掲ゲル定員ヲ超ヘテ宿泊サシタ場合ノ超過人員ノ室料及ビ宿泊客ガ特ニ要求シテ
    ソノ室ノ定員未満デ宿泊シタ場合ノ不足人員ノ室料ハ超過人員ニ付テハソノ室料ノ二割以上ヲ減
    額シ、不足人員ニツイテハソノ室料ノ五割以内ヲ加算シタ額トスル、但シ不足人員ノ室料ハ特別
    ナ理由アル場合ニ限リ知事ノ許可ヲ得テ八割以内ヲ加算スルコトガ出来ル
 四  十才以下ノ小児ノ室料ハソノ室料ノ半額トスル、但シ別ニ寝具ヲ使用シナイ場合ハ小児ノ室料ハ
    コレヲ請求出来ナイ
 五  宿泊客ガ他カラ客ヲ招イテ会食スル場合ハ来客ニ対スル所定ノ食事料ノ外ソノ室料ノ三割ニ相当
    スル額以内ヲ加算スルコトガ出来ル
 六  宿泊客ガ他ノ室ヲ併セ使用スル場合ノ室使用料ハ次ノ七項ニヨツテ算出シタ額ヲ請求スルコトガ
    出来ル
 七  宿泊以外ノ目的デ室ヲ使用スル場合ノ室使用料ハ次ノ額ノ範囲トスル
   (一) 使用時間 四時間以内ノ場合ハソノ室料ノ三割
   (二)  同   四時間ヲ超エ六時間以内ノ場合ハソノ室料ノ五割
   (三)  同   六時間ヲ超エル場合及ビ使用ガ午後六時以後ニ亘ル場合ハソノ室料ノ全額
 八  学生、青年団等ノ団体(三十人以上)及ビ長期滞在(七日以上)ノ場合ノ宿泊料金ハ本表宿泊料
    金ノ二割以上ヲ減額シタモノトスル
 九  奉仕料ハ室料及飲食料金ノ合算額(立替金及ビ税金ヲ除ク)ノ二割以内(団体ノ場合ハ一割以
    内)ヲ受領シ得ルモノトシ、コレヲ超エルモノハ何等ノ名義ニヨツテモ受領スルコトハ出来ナ
    イ
 十  本表ノ旅館級別及ビ室等級ハ所定ノ査定ヲ受ケ知事ノ承認シタ旅館ノ級別、等級デアツテ旅館ハ
    ソノ級別、等級別、室数及ビ料金ヲ玄関先ニ又各室毎ニソノ料金ヲ掲示シテ置カネバナラナイ
 十一 本表ニヨル旅館ノ級別、等級ニツキ、ソノ変更ノ必要ガアルト認メル場合ハ知事ソノ変更ヲ命ジ
    又ハ承認ヲ取消スコトガアル
 十二 本表ノ宿泊料金ニハ課税額ハ含マナイ
 「別表」室ノ定員数ハ次ノ通リ定メル
    六畳以下 一名、 六畳 二名、 八畳 三名、 十畳 五名、 十二畳 四名、
    十五畳  五名、十八畳 六名(十八畳以上三畳ヲ増ス毎ニ一名ヲ加ヘル)

 内容の主要な点は旅館を一級より五級に分け、更に各旅館の客室を一等と二等に分けてその料金を定めたことである。旅館の級別決定には、査定委員会を設けて厳重な査定を行った府県が多かったが、神奈川県は商政課の図らいで県旅館組合連合会に一任し、箱根では、旅館施設組合が級別査定を行い、県旅連を通じて知事に申告した。
 また、宿泊料金の統制の他、宿泊税の徴収についても国の厳しい行政指導が行われた。

   宿泊税徴収方法ニ関スル件
 宿泊税ノ徴収ニ関シ大蔵省主税局国税第二課ヨリ左ノ通リ内示サレマシタ、近ク同局ヨリ各財務局ニ対
 シ公式ニ通牒ノ由デス
         記
 一 宿泊客ニ於テ別ニ食事ヲシタルトキハ此ノ領収書ハ普通宿泊ニ対スルモノト別々ニ発行スルコト
 ニ 二室以上ノ使用ニ因ル各室料金ノ合算又ハ空人員ニ対スル料金加算ノタメ普通料金ガ免税点(四十
   円)以上トナル場合ハ其ノ総額ヲ基本宿泊料金トシテ全部コレニ「四割課税」トナスコト
 三 中食料(十円以内)ハ宿泊料金ガ免税点(四十円)未満ノ場合ハコレヲ加算セザルコト
    但シ基本宿泊料金ガ免税点以上トナル場合中食料ヲ合算シテ「四割課税」トナル
 備考 (一)ノ宿泊客ガ別ニ食事ヲ注文シ飲食シタル料金ハ宿泊料以外ノモノナルヲ以テ「五割課税」
       トナル
     昭和二十一年十月二十六日
                                  神奈川県旅館組合連合会
   箱根温泉旅館施設組合長殿

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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