【商工中金転貸融資の導入】

 昭和二十五年に入ると、朝鮮戦争による特需景気を背景に、大箱根観光協会の活躍による毎日新聞主催全国観光地百選第一位当選や小田急の湯本乗入の実現など、箱根温泉は戦後の復興を着々と進めていた。旅館もまた税制改革の荒波とたたかいながら、設備の拡充や改善に意欲を燃やしていたが、その資金調達には困窮していた。
 組合首脳部は組合員の要望に応えるため、商工中金と融資の交渉を重ねた結果内諾を得たので、昭和二十六年三月十五日臨時総会を開催して、組合の借入限度を一億円に増額する件及び商工中金長期転貸融資実行の可否を諮った。一億円の借入は当時の組合の財政規模からみて多額の金額であったので、組合員の中に危惧する発言もあり、又保証や担保についても多くの議論があったが、石村理事長の不退転の決意を全員了承し原案通り可決された。議事録によると、当時組合員が借入を希望した総額は約八〇〇〇万円であった。
 商工中金の転貸融資は戦後の復興の原動力となり、多くの旅館がこの資金を支えにして、増築或は設備の改善を行ったのである。因みに、県が旅館近代化のための融資制度を発足させたのは、東京オリンピックを控えた昭和三十九年四月であった。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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