【湯本地区共同事業】

 仙石原炊飯事業に続き、湯本地区においても給食、炊飯、保育園、共同住宅、共同マイクロバス等の共同事業が昭和四十七年に開始された。昭和四十年代に入ると瀧通りをはじめ旅館の大型化が進み、湯本地区の発展は目覚しいものであった。県税事務所の統計によると、昭和四十六年の宿泊人員は四十年の一・七倍、売上額は二・二倍に伸びている。湯本旅館組合は観光振興費の他組合費など豊かな財源を組合員旅館の経営合理化に役立てるため、大型共同事業の実施に取組んだのである。
 湯本地区共同事業はいずれも県中小企業団体中央会の指導の下に、多額の公的補助と融資を受けて実施された事業であるが、湯本地区中心の事業を協同組合で運営するための、とりきめ等に、関係者の苦労は多大であった。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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