【神霊の山と御留山】

 箱根の主峯は神山と呼ばれている。古来神山は山岳宗教の霊山として崇敬され、人々はみだりに近づかず、山林には斧鉞が入れられなかった。
 奈良時代、万巻上人は箱根権現を創建した。その後箱根権現は、源頼朝の厚い信仰に支えられ、さらに小田原の北条氏一族も関東の鎮護神として崇拝した。
 元箱根から湖尻・姥子にかけて、一方芦之湯を含む神山、駒ヶ岳一帯は権現領として一般人の入山ができなかったので自然の山林がよく繁茂を続けることができた。
 また箱根山東部の山麓地帯、塔之沢付近外輪山側は阿弥陀寺の、早川、須雲川合流点付近右岸より畑の平付近へかけては正眼寺や早雲寺の寺領であったため、江戸時代まで自然の山林が保持されてきた。
 江戸幕府は大名統制の一施策として元和五年(一六一九)に箱根関所を、また寛永三年(一六二六)仙石原に裏関所を置き旅人の取締りをしたが、旅人が関所以外の道を通り抜けることのないよう関所周辺や街道ぞいの山は御留山として一般人の入山は許されなかった。
 宗教のうえから、また幕府の政策のうえから中央火口丘や新期外輪山の一部地帯は人手の加えられることが少なかった。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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