【蒸気泉】

 活火山である箱根には大涌谷、早雲地獄、湯の花沢、硫黄山の四か所に硫気地帯があり、かつては小涌谷にも噴気活動が見られた。これらは中央火口丘である神山及び駒ケ岳に分布している。
 
 大涌谷では昭和五年に設立された箱根温泉供給株式会社によって噴気孔の蒸気と地表水とを混合して温泉が造成され、「造成温泉」として広く給湯されている。この地区で掘削されたボーリングは大部分が深さ五〇~一〇〇メートルの浅い孔井で、そこから噴出する蒸気を利用した造成泉が作られている。

 早雲地獄では昭和三十三年から箱根登山鉄道株式会社が大涌谷と同様な方法で造成温泉をはじめた。

湯の花沢では昭和二十八~三十七年の間に、国土計画株式会社が深さ数十メートルの浅い孔井を掘削した。硫化水素の多い温泉や蒸気が噴出した。昭和四十二年、同社は硫黄山噴気地帯の下二〇〇メートルの地点で、深さ二二五メートルの孔井を掘削し、良好な蒸気泉の開発に成功した。

小涌谷は明冶十一年、榎本猪三郎がその開発の祖である。昭和二十四年小涌園を開設した小川栄一は深さ七四メートルの浅いボーリングで良好な蒸気泉開発に成功した。以後、小涌園では次々に蒸気泉の掘削を続け、現在稼働中の蒸気泉は一〇本ある。深さ一五〇~二〇〇メートルの蒸気を供給した高温熱水は、開発二〇年で半減した。

 これまでの蒸気井の構造はすべて温泉井と同様であった。孔壁の崩壊を防ぎ浅い冷地下水の侵入を止めるための鉄管はその管尻を固定し、水止めするだけで、地層とパイプをセメンティングしなかった。
 このような孔井は蒸気利用に当たってさまざまな事故を引き起こした。蒸気の噴出を放置すると、多量の珪酸や塩類を含む熱水が周囲に飛散し、植物の葉を覆い枯れさせることになる。多量の蒸気が噴出する速度は音速に近く、物凄いジェット音を発し、その騒音はひどい。蒸気の噴出を制限しようとバルブを閉じれば、ケーシング・パイプがバルブとともに抜け出すこともあった。
 「この蒸気泉にさわってもらってはこまる。井戸がこわれたらあんたの責任ですよ」などと怒られることがある。
 制限できないような危険な井戸で、温泉井戸の一〇倍にもなるエネルギーを音速に近い速度で噴出させるのが、どれほど無謀な地熱開発であるかは言うまでもない。安全な管理ができない危険な蒸気開発はやめなければならない。

 昭和四十六年より箱根町は、国土計画が昭和四十二年に深井戸で蒸気開発に成功した硫黄山地域で、二五六メートル掘削し、良好な蒸気の開発に成功した。約毎分五〇〇リットルの温泉を造成し、芦ノ湖畔の箱根・元箱根地区に町営温泉として供給している。昭和五十六年夏、東海・南関東に豪雨があり、その直後、町営蒸気泉の孔内崩壊が発生し、蒸気量が急減した。これまでの箱根の蒸気泉の構造が温泉孔井の延長であったことを反省し、蒸気開発に適した構造を持つ孔井の掘削に切り替え、昭和五十九年に再び良好な蒸気を得ることができた。

 箱根の火山活動による熱供給が温泉開発によって衰えている証拠はなにもない。神山・駒ケ岳の噴気活動は相変わらず活発である。熱活動の中心地域における蒸気利用が今後の重要な課題である。
 蒸気利用はそれに適した井戸構造と、安全施設及び明確な利用計画のもとに進めなければならない。特に大切なことは、地下の高温熱水の資源状況を長期にわたり追跡しながら、その枯渇をまねかないような監視システムが必要である。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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