【温泉行政】

 明冶新政府は、明冶六年(一八七三)七月、文部省達六九号を発し、温泉行政を開始した。当初は文部省医務局が温泉を所管した。この通達に基づき、各府県は管内の鉱泉の位置、名称、発見時代などの記載をはじめた。同年十月、文部省医務局に三か所の司薬場設置が決められ、明冶七年、東京司薬場が発足した。そこで、各府県からの鉱泉報告とともに送られてきた鉱泉水の化学分析が開始された。明冶八年、衛生行政は内務省に移され、内務省衛生局が温泉を所管した。明冶九年に鉱泉試験表様式が定められ、泉名、地名、温度、重量、成分、概量などの項目で、温泉の統一的な取り扱いが進められた。明冶十二年十二月内務省達二五五号の「府県衛生課事務条項」第七条に「鉱泉の性質、効能を検し浴場の構造及び浴法等に注意し、且つ其の改良を謀る事」と温泉行政の主目標を明示している。なお明冶十五年に司薬場は衛生局試験所に改名された。明冶十九年に、内務省衛生局から『日本鉱泉誌』三巻が発行された。それには全国の主要温泉について温度、量、浴客数などが簡潔に記載されていて、現在の状況と比較する上で重要な資料となっている。

 昭和十三年(一九三八)、厚生省が設置され、温泉行政は衛生局保健課が所管した。第二次大戦が始まった昭和十六年に保健課は衛生課に改組され、翌十七年には衛生課も廃止されて、中央での温泉行政は中断された状況になった。しかし、戦争による傷痍軍人の増加によって、各地の温泉地に軍の温泉療養所が設置された。

 地方での温泉行政は明冶以来警察部が担当していた。明冶十六年、静岡県において「熱海温泉噴出地取締まり方」(静岡県規六十号)、翌十七年には「静岡県鉱泉発見使用手続」が定められている。昭和四年二月十九日神奈川県でも「温泉取締まり規則」県令が公布された。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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