【要網の改正】

 昭和五十五年県温泉保護対策要網が大幅に改正された。昭和四十二年に設定された要網は枯渇問題を解決することができなかった。要網改正上の要点は次のとおりである。

 温泉保護地区を取りまく準保護地区で、水収支を無視した新規源泉の開発を認め続けたため、古くからの温泉がある保護地区で、水位の低下、揚湯量の減少が著しかった。要網により保護地域の指定を受けていても、積極的な保護はなく、むしろ厳しい制限があって、保護地区の回復は困難であった。したがって保護地区と言うよりは規制地区と言うべき状況になっていた。規制すべきは準保護地区で開発される新規源泉なのである。

 保護地区で温泉量の回復をはかる場合、三年ごとに行われる実態調査の成績の平均量以内とされていた。そのため毎年実施される温泉量調査で、例えば毎分一リットルの湧出量減少が記録されると、これまでの実績を維持するために、動力装置の強化、孔井の増掘などを競って行った。毎分一リットル程度の減少は利用上なんの不便もないはずで、測定誤差にはいるような数値をめぐって、無意味な投資を行い、疑心暗鬼の競争となっていた。

 温泉の影響調査は、いつの間にか古くからの慣例にのみ従うことになっていた。その理由は、研究や技術の発展により新しいルールが行われると、それ以前に許可された事例に対し不公平になるとされていた。温泉開発の技術の著しい進歩や温泉の化学の発展に目をつぶり、水文学的解析の基本になる水位変化・水収支などの基本的事項を排除した状況であった。要網の改正は昭和五十一年に着手されたが、容易には進まなかった。昭和五十四年温泉を所管する県環境衛生課に就任した井上俊雄課長は科学的温泉行政を展開させる基礎となる要網の改正に尽力した。

  新要網では県下を温泉の特別保護地域、保護地域、準保護地域及び一般地域に分ける。
 特別保護地域、保護地域の各源泉の量は昭和五十三年までの実態調査の量を基にして計算し、また利用に不都合を生じない程度の減少で、無意味な回復のための投資を防止した。
 準保護地域では新規掘削の場合、源泉相互の距離を一五〇メートル以上とし、箱根での新規源泉の採取量の上限を七〇リットル/分、湯河原では六〇リットル/分とした。影響調査に水位の項も加えた。水中ポンプ使用の道を開いた。

 しかし、新要網になってからも、温泉水位の資料は参考資料の位置に置かれていた。温泉行政では温泉地の地下水問題、温泉飲用問題、蒸気井の問題、集中管理の問題など、多数のルール作りの課題が残されている。昭和六十年四月になって、このような課題を科学的に取り扱う気運が出てきた。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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