【サルが山からおりる】

 大観山付近の山奥にわずかに残存していた野猿の小群があったが、戦後山頂付近まで開発され安住の場を失った彼らは奥湯河原や須雲川上流に出没し始めた。早速新しい観光資源として餌付けが行われ畑宿の見晴らし茶屋付近にも野猿が集まってきた。
 年を追い群が増大して数十頭にもなってくると餌代も多額となり、ついに餌付けを中止してしまった。しかたなく彼らは分散して果樹園等に侵入する害獣となり、ついには湯本の旅館街にまで出没し、地元では被害を訴える声が大きい。人間の都合で住む場を追われ、運命を翻ろうされている野猿たちに対し、愛情をもった根本的な対策が必要である。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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