【堂ヶ島湯と夢想国師】

 南北朝から室町に至る動乱の時代に残された箱根温泉の史料としては、底倉堂ヶ島に関する「夢想国師御詠草」がよく知られている。

  相模国にそこくらという温泉に下り給ひけるに、其山の奥の人里もつつかぬ谷の底に
  山賊の庵ありけるをみ給ひて、おなしく世をすて、社とよめる古歌をおもひ出て又返
  して思へば、世を捨てたる人はいかにも世を捨かほなるけかれもあり。此山賊は中々
  この理にもかなへる心してよみ給ひける。

      世中をいとふとはなき住居にて
        なかなかすこき山賊の庵

 この「御詠草」は後に編ぜられたものなので、確証をもって底倉堂ヶ島温泉の存在を述べることはできない。が、中世禅門の傑僧の一人であった夢窓疎石の足跡が、箱根温泉に見出さるとするならば大変興味深い。なお堂ヶ島には、江戸時代から山居山という夢想国師閑居の跡があったと伝えている(七湯の枝折)。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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