【底倉温泉】

 宮之下温泉を経て、谷底から湯けむりが立ちのぼる蛇骨川の八千代橋を渡ると底倉温泉。温泉場は早川と蛇骨川の深い谷に臨み、秋は紅葉がみごとである。小田原から湖尻・桃源台行きバスにて三〇分、つたや前下車。
 同旅館裏手の新田(にった)塚は、南朝の再興をかけて兵を挙げたが湯治中の底倉で討死した新田義(日偏に坴)の墓。応永十年(一四〇三)のことだという。箱根七湯の一つ。泉質、ナトリウム―塩化物泉。江戸時代から痔疾に効能があると言われている。
 底倉から蛇骨川右岸の小道を溯ると蛇骨湧泉群。高温で中性のナトリウム―塩化物泉の自然湧出地は本邦でも数少ない。この温泉から析出した白色の無定形珪酸を蛇骨石という。蛇骨川右岸の川べりで今でも析出しつづけている。
 天正十八年(一五九〇)、豊臣秀吉が小田原攻めの時、将兵の傷をいやしたという「太閤の石風呂」は蛇骨川左岸の川底、注連縄(しめなわ)が張ってあるから良く判る。つたや旅館に伝わる「七湯の枝折」十巻は江戸時代の温泉を記した貴重な資料。旅館一軒。

カテゴリー: 1.十九湯めぐり   パーマリンク

※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

コメントは受け付けていません。