【小涌谷温泉】

 小涌谷は、かつて小地獄と呼ばれていた。明治六年、天皇行幸を契機にして大涌谷とともに地名変更がなされた。神山の成層火山体と駒ヶ岳火山体(丸山)の境が小涌谷。昭和二十五年頃まではこの谷にそって小規模な噴気孔がブツブツと活動を続けていた。標高六一〇メートル。小田原から元箱根又は大涌谷経由湖尻行きバス四〇分、小涌園及び小涌谷温泉下車。登山電車は小涌谷駅下車。
 小涌谷温泉の開発は明治十年代に小涌谷噴気地帯からの引湯で始まった。旅館は三河屋の他に一軒だけで、ほかに財閥の別荘が建てられていた。
 小涌谷が今日箱根を代表する温泉地に発展したのは戦後小涌園を開設した小川栄一の強烈な個性による所が大きい。昭和二十四年、蒸気は出ないと思われていた小涌谷で、小川はボーリングを試み井深七四
メートルで火山性水蒸気の噴出に成功した。安価な火山性蒸気エネルギーを効果的に利用し、小涌園は今日の姿に発展した。この間に小涌園が掘った温泉井、蒸気井は三三本に達する。周辺地域との火山エネルギーの調和ある利用が今後の課題であろう。泉質、単純温泉、ナトリウム―塩化物泉など。
 付近の見物は千条の滝と三河屋付属蓬萊園の桜に始まり三万本のつつじや一万本の皐月を植え、秋の紅葉もまた美しい。小涌園子供の村は親子づれでにぎわい、冬期は屋内スケート場が開設される。火山性蒸気を利用した熱帯植物園もある。
 年中行事は蓬萊園のつつじ祭り(五月十一・十二日)。旅館・ホテル七軒。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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