【箱根振興会の活動】

 では箱根振興会が手掛けた事業は、具体的にどのようなものであったであろうか。箱根振興会及び箱根温泉旅館組合の合同報告による、昭和四年(一九二九)度事業報告からその一端をうかがってみよう。

    昭和四年度事業報告((箱根振興会・箱根温泉旅館組合)合同報告)
  一、宣伝
 (1)新聞雑誌広告
    常例広告トシテ東京日日、東京朝日、報知、都、時事ノ五大新聞社会記事欄二十行又ハ三十行ノ
    「カット」ヲ各六回乃至八回掲載シタリ
    紹介記事及雑告左ノ如シ
    東京日日二回、東京朝日、大阪毎日、都三回、報知二回、横浜貿易、中外商業及ビ東海、豆相外
    二十
 (2)ポスター
    春 図案 鳥瞰全景 印刷三千三百枚
      配布 京浜 二、一五〇 関西名古屋 七〇〇 鉄道 一〇〇 其他 三五〇
      駅  三十五駅掲出(料金八割引)
    秋 図案 早川ノ溪流 印刷三千三百枚
      配布 京浜 二、一〇〇 関西名古屋 七〇〇 鉄道 一〇〇 其他 四〇〇
      駅  三十七駅掲出(料金八割引)
 (3)博覧会
    東京地下鉄旅行展覧会
    白木屋鉄道展覧会
    大阪三越神奈川県名産品陳列会
    東京三越国立公園展覧会
     出品 箱根ヲ中心トセル点滅式照明大パノラマ
        神、山、静、三県合同大模型
    余興出演  箱根雲助節及踊
 (4)野外看板ハ本年度ハ新設セズ過年度ヨリノ維持費ヲ支払ヒタルニ止メタリ
 (5)其他
    登山電車内旅館名掲出
    鳥瞰図入パンフレット六万枚配布
    箱根案内鳥瞰図一、八一七枚ヲ各種団体ニ寄贈
 (6)鉄道要路トノ連絡ニ就キテ
    旅客誘致ノ第一線ニ立ツ鉄道方面トノ連絡ニ付キ本年ハ特ニ傾注努力シタル結果頗ル好成績ヲ納
    メ相当ノ諒解ヲ得ルニ至レリ其一例ヲ示セバ
    箱根ポスター駅掲出料金八割引トナル
    省線電車内広告春、新緑ノ二回無料掲出アリタリ
    鉄道季節ポスターニ箱根ガ第一位ニ記載サレタルコト
   (従来ハ全ク記載ナシ)
    如此状態ニテ旅客誘致上箱根ニ対シ相等意ヲ傾ケラルゝニ至レリ
  二、保勝
 (1)道路
    駒ケ岳神山登山道草刈修繕
    鞍掛山登山道湯河原道草刈修繕
    大涌谷湖尻間及早雲山間道路修繕
    長尾峠乙女峠金時山峯伝道路修繕補助
    宮城野ヨリ明星ケ岳ヲ経テ道了山行道路改修補助
    宮城野堂ヶ島間道路改修補助
    堂ヶ島底倉間逍遥道路新設補助
 (2)観賞樹植栽及保護
    桜(染井吉野)及楓ノ苗木千五百本ヲ各町村青年団ニ委托シテ植栽シタリ
    樹木保護ノ為メ樹木愛護ノ標語札五千枚ヲ作製シ之ヲ各青年団ニ委托シタリ
    帝室林野局 警察署 振興会ノ連名ニテ樹木愛護ノポスター六百枚ヲ印刷シ旅館、電車、乗合自
    動車内等ニ掲ゲタリ
 (3)古蹟保存
    畑宿明治天皇御駐輦記念碑建設補助
    同所甘酒茶屋保存ニ対スル補助
    湯本白地蔵尊御堂新築補助
 (4)左ノ年中行事ニ対シ補助ヲナス
    芦ノ湖灯籠流、明星ケ岳大文字焼き、金時倶楽部庭球大会
  三、水産試験場養魚事業
    孵化場、養殖池、給水設備等大体完備シ一ケ年卵百三十五万粒ヲ孵化シ其成績順調ニ進ミツゝア
    リ詳細ハ別ニ之ヲ報告ス
  四、国立公園運動ニ関シテハ別ニ之ヲ詳細報告ス

 事業は宣伝・保勝の二つを柱に実施されているが、一覧してその事業の多彩さに驚かされる。宣伝についてはともかく、保勝に至ると道路の修繕や改修補助、植栽などの樹木保護、古蹟の保存、養魚事業など、現在箱根町行政が取り組んでいる事業の数々を民間サイドで実施しているのは敬服に値する。
 また宣伝媒体としてこの年代全国的に普及しつつあった商業新聞の活用を、全面的に実施していることが注目される。広告掲載新聞は、東京日日・東京朝日・報知・都・時事の中央五大新聞をはじめ、横浜貿易などの地方新聞にも及び、後に紹介する昭和六年の事業報告を見ると、二五新聞に四五回の宣伝広告が掲載され、温泉観光の大衆化に向けて対応していこうとする姿勢がうかがわれる。またポスターも春・秋三三〇〇枚ずつ作製し、京浜から関西地区に至るまで配布し、誘客宣伝の広域化に努めてもいる。
 保勝事業で注目されるのは、先述のように行政が実施しなければと思われる道路補修・新設に積極的に取り組んでいることである。これは振興会の前身である復興会が、関東大震災後の道路復旧に取り組み、温泉地箱根の再建に主導的役割を果たした実績を継承しているためであろうか。
 更に桜・楓などの植樹による環境の保全や、ポスターによる樹木愛護の呼びかけ、古蹟保存に対する積極的援助など、今日の社会教育行政が手がけるような事業まで取り組んでいる。
 水産試験場の養魚事業は、大正十五年農林省水産増殖奨励規則の公布に伴い、昭和二年(一九二七)箱根芦ノ湖・早川上流仙石原で鮭・鱒の増殖事業が計画され、昭和四年箱根町芦之湖畔に養殖場が完成、更に県を中心とした県営事業として推進させていくために寄付金の募集が行われた。箱根振興会も芦ノ湖の観光開発の基礎になるという考えのもとに、五〇〇〇円を寄付している。これらの寄付金をもとに仙石原に養殖施設が設置され、箱根における養魚事業は本格化していったのである(ブラック・バス・芦ノ湖漁業組合)。
 振興会による箱根の宣伝、保勝活動は、年々盛んになっていった。昭和六年(一九三一)の事業報告からその様子をうかがってみよう。

     昭和六年度事業報告
       宣伝之部
  一、新聞雑誌広告
    東京日日新聞 五回  東京朝日新聞 四回  萬朝報    三回  中央新聞   一回
    報知新聞   七回  時事新報   七回  名古屋新聞  一回  電気自由新聞 一回
    東京毎夕新聞 三回  都新聞    七回  東海新報       豆相新聞
    横浜貿易新報 三回  国民新聞   一回  遊覧雑誌   一五  
    京都都踊写真帖(箱根景勝写真記事)
  二、ポスター及パンフレット
    春ノポスター
     図案  大涌谷ノ噴煙
     印刷  三〇〇〇枚
     頒布  京浜 一九〇〇  関西 六〇〇  名古屋 一〇〇 鉄道 一〇〇 各他 三〇〇
     駅掲出 東京駅外二十九駅(料金八割引)
    秋ノポスター
     図案  紅葉(秋は箱根から)
     印刷  三〇〇〇枚(内東京鉄道局名一〇〇〇枚)
     頒布  京浜 六〇〇   関西 四〇〇  名古屋 一〇〇 各地 三〇〇
         東京各私鉄 三五〇  関西各私鉄 二五〇
     駅掲出 東京管内各駅並ニ各地主要駅一〇〇〇(東京鉄道局名ニテ無料掲出)
    富士登山客誘致ポスター
     印刷  一〇〇〇枚
     頒布  富士岳麓一帯及各登山口山室等
    景勝写真ポスター
     印刷  五〇〇枚
     頒布  京浜各所
    秋ノパンフレット
     印刷  十万枚
     頒布  東鉄管内各運輸事務所 各鉄道案内所 各主要駅並ニ乗務車掌等ニテ最有効ニ配布
    鳥瞰案内図
     各種団体ニ贈呈並ニ各地ヘ送附  一九〇〇枚
  三、野外看板
    新ニ建設ヲナサズ戸塚、御殿場、宝塚等三ケ所ノ維持ニ止ム
  四、博覧会
      東京三越神奈川県文化展覧会
  九月九日ヨリ十八日マデ東京三越ニ於テ開催当会ヨリ左ノ如ク大々的ニ文化及景勝ニ関スル出品並ニ
  附設演芸ノ出演ヲナシ箱根ガ如何ニ豊富ナル文化資料ト雄大ナル景勝トニ富ミ観光遊覧温泉地トシテ
  名実共ニ天下ノ冠タルコトヲ宣伝シ以テ大箱根ノ潑刺タル更生ノ気分ヲ汎ク紹介シタルコトハ遊覧客
  招致上大ナル効果ヲ収メタリト信ズ
  特ニ会期中恐多クモ東伏見宮大妃殿下御成リノ栄ヲ賜リ県知事ノ御案内ニテ小川会長、石内理事御説
  明申上ゲタリ
  文化資料
   照憲皇大后御下賜ノ烏帽子志たゝれ、箱根関所ニ関スル各種資料二十五点
   北条氏五代ノ肖像及古文書其他十一点、貞女初花ニ関スル資料三点
   曽我兄弟ニ関スル古文書二点 徳川時代境界争裁判地図 箱根七湯枝折十二巻 箱根草五集
   塔之沢村開温泉根元記 通信ノ今昔 古代鮫歯化石 蛇骨石 木葉石 山駕籠其他合計七十余点
  景勝紹介
   全山大パノラマ
   箱根関所大模型
   全山模型
   風景写真 全紙大 十五枚
   大箱根国立公園設計図
  附設演芸
   三越ホールニテ九月十六日ヨリ十八日マデ三日間箱根ノ郷土芸術ヲ出演ス
   出演者 青年団十名 塔之沢宮之下強羅芸妓連三十六名 駕籠屋六名 
   補助音楽五名 外十二名  合計六十九名
   芸題  箱根草 通り駕籠 箱根ノ四季 湖畔ノ情景 獅子舞(以上舞台装置 座敷 杉並木
   紅葉 芦ノ湖富士) オール箱根ソング(背景大道具雪月花十二段返シ)
  パンフレット配布
   各種ノパンフレット数万枚ヲ有効ニ配布シタリ
  以上の経費金弐千弐百余円ニ対シ神奈川県庁ヨリ金壱千参百余円ノ補助金アリタリ
  箱根行楽ノ会
   四月二十二日ヨリ二十九日マデ横浜相模屋ニ於テ開催パノラマ其他ヲ出品ス
  上野工業化学博覧会
   箱根物産同業組合ト共同シテ参加ス
  温泉展覧会
   五月九日ヨリ十八日マデ東京新宿布袋屋ニテ開催パノラマヲ出品ス

 この年度の事業で注目されるのは、東京三越で開催された神奈川県文化展覧会に参加し「観光遊覧温泉地」としての宣伝につとめたことである。この展覧会には、早雲寺蔵北条五代画像をはじめ箱根の古文化財が数多く出品されており、かなり本格的な展覧会であったようである。また塔之沢をはじめとする芸者衆、青年団など総勢六九名による箱根郷土芸能の披露が三越ホールで開催されるなど、今日以上に華かな箱根宣伝が繰りひろげられている。
 いわゆる大衆消費時代の幕あけともいえるデパートの商業宣伝とタイアップした観光宣伝は、新しい時代の観光宣伝法であり、箱根振興会はこの三越の展覧会に限らずデパートの企画する観光イベントには積極的に協力していたようである。さらに誘客宣伝と大衆化に向けて振興会は温泉音頭を作り出していった。

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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