【寮・保養所の激増】

 高度成長下の箱根山での新しい動きは、昭和四十年に入ると、寮・マンションの増加という形で現われはじめた。

 会社関係の寮・保養所は戦前から若干箱根各地にあったが、箱根山にこの関係の施設が建てられていくのは、やはり高度成長下多くの企業が利潤をあげ始めてからである。各企業は従業員の福祉厚生施設としての寮・保養所の建設事業を全国各地の温泉地・観光保養地で始めるが、なかでも箱根は大企業が集中する京浜地方からの交通の便もよく、自然や温泉も豊かであり、また観光保養地としてのネームバリューも飛び抜けているため、各企業は競って箱根へ寮・保養所の建設地を物色、デラックスな施設を建設していった。加えて京浜地方の各自治体も箱根にこのような施設の設置計画を進め、東京都内各区の寮が強羅をはじめとする各地に建てられ始めた。

 このような寮・保養所の激増状況は、次に示す箱根町の統計でも明確である。昭和四十二年三〇二軒一万六六名の収容人員であったこれら施設は、石油ショック以降旅館・ホテルの経営が沈滞化していくなかでも、年々増加し、昭和五十九年には四八五軒、収容人員一万八五八四名と増加の一途をたどっていった。
 これらの施設の建設状況も各地によって様相は異なる。寮・保養所の建設が著しく増加したのは、宮城野・仙石原・強羅・姥子・芦ノ湖地区で、例えば宮城野地区の場合昭和四十二年二四軒であったのが、昭和五十九年には四九軒と約二倍となり、収容人員も七一二名から一五五四名に倍化している。その他の地区も同様で一七年間に寮・保養所の数と収容人員は二倍となっている。これは戦後までこれらの地区が自然の林野に恵まれた未開発地区を多く所有していたことにもよろう。

 このような箱根山における寮・保養所の急激な増加は従来の箱根温泉旅館・ホテルの経営に微妙な影を投じ始めてきた。箱根を訪れる年間宿泊者が、まずはこれらの施設を利用するという傾向が出始めたからである。そのため箱根温泉旅館協同組合は、これ以上これらの施設が増加するのを憂い、昭和五十一年(一九七六)五月三十一日、次のような要望書を神奈川県、箱根町に提出した。

『保養施設対策意見書』

 国民の保養施設は、国ならびに地方自治体及び企業保健組合等々あらゆる団体が関係する住民、組合員等の為、高度経済成長の波に乗って、近時全国的にその施設が建設され、運営されつつあります。
 特に最近建設されるこれらの施設は規模も大きく、旅館の施設を凌駕する豪華なものが各所に見られるようになりました。ちなみに箱根におけるこれらの保養施設を旅館と比較すると下記の通りであります。
 このような数字で明らかなように私達旅館業者としては、旅館経営の前進に大きな不安をもつものであります。箱根の旅館業界が旅籠時代から培い育ててきた伝統が今や保養施設急増の為、民間旅館が経営面に於て苦境にたたされている現状をみて徒に傍観する事は出来ません。
 勿論私達は経営の合理化、近代化を図り宿泊客の期待に添うよう企業努力をしなければならない事は言を俟ちません。ところが私達企業は所詮中小企業に属しており、その資本力は極めて弱体でありますので、施設の増改築にも意の如くならないのが現実であります。 
 以上箱根に於ける業界の現状を訴え、組合員の総意をもって次の対策を強く要望しますので、御当局におかれましては早急に対処して戴き、その処置について御回答くださるようお願い申し上げます。

第一、神奈川県並びに箱根町は、地元旅館の保護育成の観点に立って、今後町外企業が経営する寮保養所の建築(増築を含め)許可を認めないこと、町外企業が寮・保養所建設の要望に対しては、既存旅館との利用契約を行うよう強力に行政指導されたい。

第二、国並びに地方自治体及び当該関係団体等の寮・保養所については、既存旅館業者の生活指導尊重の立場から建設規制の措置を講じられたい。

第三、国並びに地方自治体の寮・保養所にあたっては、速やかに利用対象者を限定し、民間企業を圧迫しないよう配慮されたい。

第四、寮・保養所の利用者に関して利用特別税を設置されたい。尚利用者は正規の対象者のみとし、その他の者は宿泊利用行為を禁止するよう措置されたい。

第五、県は、地方税法第一一四条二項の運用に際して、税負担の公平を期し適正なる運用をはかり、寮・保養所の料飲税を普通旅館なみに徴税するようにはかられたい。

昭和五一年五月三一日
             神奈川県足柄下郡箱根町湯本六九八
              箱根温泉旅館協同組合 理事長 岡田利男
神奈川県知事 長洲一二 殿  神奈川県議会議長 三谷光雄殿
箱根町長   亀井一郎 殿  箱根町議会議長   天野尭 殿

量・保養所と収容人員の推移

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※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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