【箱根温泉旅館商業組合へ改組】

 日中戦争が拡大し、泥沼化していくなかで、物資は次第に欠乏し、日本経済は政府主導による統制経済体制へと移行していった。旅館経営上欠くことのできない薪・炭・砂糖・繊維製品などが配給制になり、旅館組合も統制経済下で運営するためには法人格を持つ組合に改組せざるを得なくなった。
 商業組合への組織変えは、昭和十五年九月二十七日に実施され、その創立総会において商業組合発起人総代石村喜作は設立に至るまでの諸事情を次のように述べている。

   創立総会ニ於ケル設立経過報告並ニ宣言 
                        箱根温泉旅館商業組合発起人総代 石村喜作
  東亜新秩序確立ノ為遂行セラレツツアル今回ノ聖戦ニ際シ、国力充実ノ為メ国民ノ活動ヲ弥ガ上ニ経
  済的ナラシムル事ヲ要シ為メニ国内各種ノ事業ヲ整備整頓セラレントスル趨勢トナリ、各種個人経営
  事業ノ集団モ従来ノ如ク任意組合組織テハ時代ニ添ハザルニ至リマシタカラ、当箱根旅館モ新時代ニ
  順応セントシ昨十四年七月商業組合ノ設立ヲ発起シ不肖設立発起人総代ニ就任致シマシタ。
  爾来発起人会ヲ開催スル事二回定款原案ヲ作成シ、出資一口金三十円也第一回払込ヲ金十円トシ、其
  他ノ要項ヲ定メマシテ皆様ノ御同意ヲ募リマシタ処絶大ナル御賛同ヲ得マシタ、即チ組合員数五十五
  人出資口数一、二九二口総出資額三八、七六〇円也ノ組合基礎ガ成立シマシタカラ、神奈川県知事ノ
  許ニ発起届ヲ提出致シマシタ処御認メニナリマシタカラ、本日創立総会ヲ開催スルニ至リマシタ、之
  等当組合発起ヨリ創立総会開催ニ至ル迄ノ経過ヲ御報告スルト共ニ、商業組合設立ニ至リマシタ事ヲ
  諸君ト共ニ祝福スル処デアリマス。
  然シ乍ラ商業組合ヲ設立致シマシタニ就テ二三ノ事柄ニ就テ皆様ニ判然ト申上ゲテ置ク事ガ御座イマ
  ス。即チ第一ニ商業組合トモナレバ旅館ノ営業ニ必要ナル物資ハ組合ニ依ツテ総テ容易ニ購入シ得ル
  カニ考ヘラレ易イ誤謬ノナイ様ニ願イ度イ事デアリマス。国家ノ必要カラ現今統制経済ハ益々強化サ
  レツツアリマス。法令ノ定メラレタル機構ニヨリマシテ商業組合ガ直接取扱フ事ヲ得ナイ品物ガ沢山
  アリマスカラ当組合ノ取扱ヒ得ル物資ハ法令ニ因ツテ許サルル範囲内ノモノデアリマス。
  第二ニ法令ニ因ツテ許サルル範囲ノ物資ニシテモ、従来商店ガ親切ニ円滑ナル取引ヲ継続セラルル物
  ニ就テハ当組合ハ其物資ヲ直接取扱ハナイ事ヲ賢明ト考ヘマス。御互ニ商人デアリマス、好ンデ善良
  ナル商人ヲ駆逐スル必要ハナイノデアリマス。産業組合組織ガ濫觴ノ頃商人ト組合トノ間ニ各種ノ相
  剋磨擦ヲ生ジタ例ヲ聞イテ居リマスガ斯ノ如キ現象ニ陥ラザル様注意ヲ要シマス。従ツテ当商業組合
  ハ法令ノ許ス物資デ商人ノ供給ニ待ツ事ヲ得ナイモノ即チ極メテ小範囲ノモノノミヲ取扱フノデアリ
  マス。又万一悪徳商人アラバ駆逐ノ宝刀トシテ活動シ以テ当組合員ノ営業上支障ヲ少カラシメントス
  ル隠然タル力トナルノデアリマス。
  第三ニ商業組合ハ組合員ノ営業ニ対シテ統制ヲ強化シマス。統制強化ハ一応窮屈ニ聞ヘマスガ自粛自
  戒以テ勧善懲悪ヲ遂行セントスルノデアリマシテ、整備セラレタル善良ナル営業方法ヲ互ニ研究シ、
  之ヲ経営ニ移シ一層箱根ノ旅館ヲシテ天下ノ信用ヲ厚ウシ、以テ国家施設タル国立公園地帯ノ主要営
  業トシテノ完璧ヲ期セントスルノデアリマス。
  右ハ御同意ヲ願フ際ニ取扱事務員ヲシテ、ヨク申上ゲタ筈デアリマスガ、尚将来当組合ノ円満ナル発
  達ノ為メ、組合創立総会ニ際シ経過御報告ト共ニ、右三要項ヲ発起人総代トシテ私カラ判然ト宣言致
  シマス。
   昭和十五年九月二十七日
                                          以上

本総会において、定款その他の規約が決議され、翌十六年二月二十二日正式認可を得た。
十六年四月八日には塔之沢一之湯において第一回の通常総会が開催され、次のような「事業執行規定」が定められた。

   事業執行規定                箱根温泉旅館商業組合
  第一条 営業用品ノ仕入及直営生産品ノ種類ハ組合員ノ委託品ノ外髄時理事会ノ決議ニヨリ之ヲ定メ
      組合員ニ通知又ハ組合ノ掲示場ニ公告スルコトヲ要ス 之ヲ変更シタルトキ亦同ジ
  第二条 定款第二十九条ノ手数料ノ歩合ハ理事会ニ於テ之ヲ定メ組合員ニ通知又ハ組合ノ掲示場ニ公
      告スベシ
  第三条 仕入品又ハ直営生産品時期ノ変遷ニ因リ組合員ニ対シ配給ノ必要ナキニ至リタルトキハ理
      事会ノ決議ニヨリ組合員外ニ之ヲ売却スルコトヲ得
  第四条 前三条及定款ニ規定セラレタルモノ、外仕入及生産事業ノ執行ハ理事会ノ決議ヲ以テ之ヲ行
      フ、但シ緊急ヲ要スル場合ハ理事長之ヲ決シ次ノ理事会ニ報告スベシ
  第五条 定款第四十四条第一項第一号及第二号ノ共同施設利用料ハ時期ノ変遷ニ因リ通常総会前之ヲ
      変更ノ必要生ジタルトキハ理事会ノ決議ニヨリ之ヲ変更シ第二条ノ規定ニ倣フ
  第六条 定款第三十五条第一項第四号ノ規定ニ因ル組合員ノ営業ニ関スル指導研究視察調査及共同宣
      伝並ニ紹介事業ノ方法ハ理事長之ヲ定ム、必要アラバ理事会ニ諮ルコトヲ得
  第七条 定款三十五条第一項第七号ノ規定ニ因ル税務ノ取扱ニ付キ営業金額ノ調査ハ理事会ニ於テ原
      案ヲ作成シ総会ニ報告スベシ
      火災保険並ニ生命保険契約ノ斡旋ヲナサントスル会社ノ選定ハ理事会ニ於テ之ヲ定ムルコト
      ヲ要ス

 組合事業の主なるものは、主要食糧品の配給であった。その業務を適正且つ能率よく行うため、次のような「箱根温泉旅館商業組合主要食糧配給要綱」を定めて組合員に徹底を図った。

   箱根温泉旅館商業組合主要食糧配給要綱
     第一章 総則
  第一条  旅館業務用主要食糧ノ配給ハ県ノ指示ニ従ヒ本組合員ニ対シ之ヲ行フモノトス
  第二条  本配給ノ割当ハ本組合常務理事及箱根関係町村主要食糧配給主任者ノ協議ヲ経
       テ之ヲ定ム
  第三条  本要綱ノ改正変更ハ本組合ノ理事会ノ議ヲ経タル上監督官庁ノ承任ヲ受クルモノトス
     第二章 配給方法
  第四条  業務用主要食糧ノ割当ハ前年度中ノ取扱旅客人員ニ基キ県ヨリ割当ヲ受ケタル数量ノ範囲
       内ニ於テ之ヲ行フ
       但シ前年ニ比シ著シキ変化アル場合ハ其ノ状況ニ依リ斟酌ヲ加フ
  第五条  本組合ハ前条ニ因リ割当ヲナシタル数量ニ対シ各組合員別主要食糧ノ数量ヲ関係町村長ニ
       報告シ其購入券ノ交附ヲ受クルモノトス
       各組合員ハ右主要食糧購入券ニ基キ其購入ヲナスモノトス
  第六条  本組合ハ各組合員主要食糧購入数量ニ付随時検査ヲ行ヒ購入状況ヲ検査スルモノトス
     第三章 米穀消費節約
  第七条  各組合員ハ其月ノ状況ニ因リ取扱旅客ガ一時減少シ購入食糧ニ剰余ヲ生ズルコトアルモ是
       ヲ売却譲渡又ハ他ニ転用等行ハズ翌月へ繰越シ保有スルモノトス
  第八条  各組合員旅客一人一食ニ付米穀七勺ヲ基準消費量トシ此消費量ヲ超過セザルモノトス
  第九条  昼食ハ原則トシテ米穀以外ノ食糧ヲ使用スルモノトス
       但シ監督官庁ノ承認ヲ得タル時ハ此限リニアラズ
     第四章 主要食糧配給並ニ消費監督
  第十条  本組合ハ前月中ノ主要食糧配給成績ヲ監督官庁ニ報告スルモノトス
  第十一条 本組合ノ統制委員並ニ理事ハ最寄旅館ノ主要食糧消費状況ニ付常ニ監督スルモノトス
     第五章 違約処分
  第十二条 本組合員ニシテ左記各項ノ一タリトモ違背シタル時ハ本組合ハ統制委員会ノ決議ニ基キ其
       違背組合員ニ対シ一定期間主要食糧ノ配給ヲ停止スルコトヲ得
      一、監督官庁ノ命令ニ違背シタルトキ
      ニ、本要綱第七条ノ規定ニ違背シタルトキ
        統制委員会が右ノ処分ヲナシタルトキハ其事実及処分ノ要領ヲ監督官庁並ニ理事会ニ報
        告スルモノトス
  第十三条 前条ノ違背者ニ対シテハ前条ノ処分規定ノ外本組合ノ営業統制規定ヲ適用スルコトヲ得
                                         以上

 このような食糧事情は、昭和十六年十二月八日、太平洋戦争に突入し、戦火が拡大するにつれますます悪化していった。同十七年二月二十一日、主食の配給を中心にあらゆる食糧についての食糧管理法が公布され、続いて同年六月二十六日には、食糧管理法施行規則が告示されるにいたった。
 この食糧管理法は一般世帯は勿論のこと旅館業界にもたらした影響は大きかった。旅行者への食事提供も日増しに悪化し、宿泊者は主食の現物又は外食券を持参しなければならなくなった。

カテゴリー: 2.昭和初期から戦後までの組合活動   パーマリンク

※本文書は昭和61年発行の『箱根温泉史』記載事項です。現在の事実とは異なる部分があります。

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