旅館必需物資の共同仕入は戦後発足した商業協同組合においてもすでに実施され、畳表、石鹼、漬物の他消火器などを取扱っていた。朝鮮動乱後箱根を訪れる観光客は急激に増加し旅館・ホテルでは物資の調達に一層追われるようになったので、組合は購買委員会(委員長井島房五郎)を設けて、共同仕入事業の拡充を図り、購買部規定を定めて本格的に事業に取り組むことになった。
購買部は、昭和二十七年十二月から事業を開始した。初仕事は神奈川県林産物連合会からの木炭購入であった。県林連本部及び厚木支部への折衝は連日のように行われ委員長及び副委員長の苦労はひと方ならぬものであった。その年から県林連と組合の間に良質の木炭三千俵の購入契約が成立した。
箱根温泉旅館協同組合購買部規定
第一章 総則
第一条 箱根温泉旅館購買部は箱根温泉旅館協同組合の定款に基き組合員に其営業用品を低廉有利に
供給を行う為め共同購入を行う事を目的とす。
第二条 購買部の事務所は箱根温泉旅館協同組合内におき必要に応じ支部又は出張所を設置する事を
得。
第三条 当部に購買委員会を設け当組合の定款及総会並に役員会の決議に委任されたる事項の運営及
購買事業につき調査研究を行い当組合へ意見を開陳するものとす。
第二章 共同購入商品及其取扱
第四条 共同購入を実施すべき商品の選択は購買委員会の協議による。其採用方法決定したるものは
購買部から組合員に通知し注文を受く。
第五条 購買委員会の規定は別に是を定む。
第六条 物品の取扱注文の引受代金の回収につき専属事務員をおくことを得。
第三章 会計
第七条 購買部の会計は協同組合の会計から独立して行う。
第八条 売掛代金は物品引渡後一ヶ月以内に回収するものとす。
組合員の都合により一ヶ月を超過して購買部へ代金を支払うものは代金相当金額の手形を提
出し相当利息を支払うものとす。
第九条 購買部の会計を専らにする事務員をおくことを得。
第十条 購買部の会計は購買委員会是を監督し随時組合監事の監査を受くる事。
第十一条 購買部の資金は協同組合の供給により充実する事。
第十二条 期末決算の結果純益金を得たる時は其一部を購買部を利用したる利用量に従い其組合員に配
当を行う。
第十三条 購買部の会計年度は当組合の会計年度に従う。
附則
此規定は昭和二十八年 月 日より実施す。
此規定の変更は定款規定の範囲内に於て役員会の議を経て行う事を得。
箱根温泉旅館協同組合購買委員会意見書
国、県の助成金により倉庫、運搬車の整備に伴ない購買事業を左記要領に従い拡充する。
一、設備
イ、倉庫 ガサ物(薪炭建築用資材の類)は小田原市内の便利の地をトし建築する。大体二〇坪か
ら三〇坪。
ロ、本部事務所(塔之沢)内の現在倉庫を整備する。伊香保組合の如く現在の一階の倉庫を商品別
棚作りにより類別仕訳し置く。
ハ、二階に湿気を忌む商品(海苔、畳表、ローソク、松魚節等)の倉庫を作る(一〇坪位)。現在
の会議室を改装する。
ニ、現在の会議室は表国道の防音の為裏二階に作る。
ホ、運搬車は助成金その他により四輪小型車を購入塔之沢本部の一階に車庫を作り保管す。
二、職員
現主事-書記長-書記(仕入、商品出納、集金注文取り)男
書記(記帳、計理、庶務、文書)女
輸送夫(但し組合の四輪車に依る請負にても可)男
三、運営
イ、現購買委員五地区八名に依り毎月二十日定例日合議して仕入商品鑑別並に会計監査等を為し又
地区常会に或は産地交渉に書記長購買委員の出張をなして完璧を計る。
ロ、組合員より購買部事業資金を借入れ(期末優先に銀行利子の割にて右資金に対し配当する)組
合員と購買部との連繋を密にし合せて組合員への掛売代金に対する信用裏付けとする。
ハ、組合員には購買事業規定に依り期末決算の際買上げ奨励金を交付する(売上増進の一策)(大
体二歩より五歩位)
ニ、組合員以外の販売は法規に基き総売上高の四分の一以下現金販売により行う。
ホ、組合手数料は商品別に決定し組合員内より組合員外販売の際は増額す。
ヘ、取扱商品は当初別表の通り。
ト、商品代金の支払並販売代金の回収は別表内規に依る。
四、収支見込表
購買部は独立会計制度に置き期末決算の上利益金処分は左記の順位に依る。
(一)組合員より事業借入金(銀行利子位)
(二)組合員買上高に依る奨励金(二歩より五歩位)
(三)購買部償却金(償却資産に対して二歩位)
(四)以上処分後の剰余金を本部の一般収入へ振替る。
五、設備費並に運営資金
イ、国、県の助成金 円
ロ、組合員よりの購買部への借入金(期末銀行利子を組合員に払う)
大旅館三〇軒 五、〇〇〇円-一〇、〇〇〇円位
中旅館五〇軒 三、〇〇〇円- 五、〇〇〇円位
小旅館四〇軒 一、〇〇〇円- 三、〇〇〇円位
計 一二〇軒 四〇万円- 七〇万円位
ハ、商工中金その他よりの借入金 百万円-二百万円
ニ、設備費の使途 倉庫二〇坪 六〇万円
同本部改装一〇坪 二十万円
貸物自動車(小型)七五万円
(会議室増改築は一般会計による計百五十五万円)
購買事業は元来営利を目的とするものでないから、斡旋及び配達手数料として仕入原価の四パーセント相当額を上乗せして組合員に物品を供給した。
購買部はその後旅館の需要の増加に伴って事業を広げ、取扱物品の種類、量共に増加したため倉庫の拡充や運搬車両が必要となった。組合はこれらの対策を考え、昭和二十九年三月二十七日に臨時総会を開催して建物の建築費及び建築場所等を協議決定している。臨時総会の会議録によると、当日現在の組合員数は百十八人であった。
購買部の建設場所を、湯本町大字湯本字山崎下一一〇番地の三に定め、規模等について次のように決定している。
木造亜鉛葺中二階建一棟五七坪
総工費 七十五万六千円
建築費予算及び付帯工事費備品等
自己資金 六十万円
借入金 三十五万円
県費補助見込 三十万円
国庫補助見込 二十七万円
合計 百五十二万円
購買事業は定款に基づく福利事業であるが、事業運営資金の調達については当初から重要な問題として審議されていた。昭和二十九年六月二十二日に開催された通常総会において、安藤兵治常務理事からの強い発言があって、購買事業部の会計計理は組合会計と区分し、別途会計とするよう決定した。また購買事業部への出資は、同年七月二十日迄として組合員に協力を要請している。
その後事業は順調に発展し、印刷部門も設置されて、組合員は簡易に印刷物を発注し、宣伝効果をあげることができた。
昭和三十年代に入ると熱海温泉では宿泊客に旅館名入りタオルをサービスとして提供していたので、箱根でもこれを採用することとなり、購買部は廉価で組合員に斡旋した。
昭和三十九年から四十年にかけて、購買部のとりあつかい物品は一層多様にわたり、医薬品を始め小物、日用雑貨も取扱うようになった。さらに販路を他地域に拡張するなど次第に本来の業務を逸脱するようになり、物品管理と棚おろしの関係や仕入と販売の経理に破綻をきたし、やがて多くの組合員から購買部事業そのものに危ぐの念をいだく者が出るようになった。執行部は、購買部事業のこうした体質を改善すべく、役員改選を行い専務理事制を廃して副理事長(井島房五郎、榎本孝一)二名、会計担当理事をブレーンとする理事長直結の執行部体制が新しく発足した。更に事務局の責任者として執行部を補佐する事務局長を採用した。
のちに事務局次長の職を設け事務局長補佐の任に就かせ、両者の人事発令は組合の総会の議決案件とするよう定款に定めた。
購買事業はその後適正な監督指導の下に本来の業務を続けてきたが、昭和四十五年には組合員の要望に応えてカラーテレビの共同購入を取扱った。
アメリカの宇宙船アポロ十一号が、人類初の月面着陸に成功した昭和四十四年(一九六九)は、テレビ時代の最盛期であった。一般家庭のテレビは白黒の受像機からカラーにかわり、旅館ホテルの客室にもカラーテレビの備え付けが要求されるようになった。この頃、岡山県及び群馬県の環衛同業組合がテレビの共同購入を実施していたので組合購買部(部会長下田昌男)は、早速群馬県の温泉地を視察検討した結果、四十五年六月箱根においても実施することを決定した。
機種はソニートリニトロン十三型及び日立十三型とし、ソニーについては有隣堂書店、日立は日立クレジット㈱とそれぞれ共同購入に関する覚書を交換した。両社を合わせて取扱台数は約一千百台であった。代金支払に関しては箱根信用金庫及び横浜銀行と交渉の結果、当時としては破格の三か年という長期ローンを設定して組合員の負担軽減を図った。また組合は斡旋手数料を限度としてローンに対する保証を行った。
購買部事業は木炭の共同購入を手はじめに戦後の欠乏時代の物資調達に大きな足跡を残したが、昭和五十年代に入ると廉価な物品が市場に出廻り組合事業としての必要性がうすれてきた。加えて、配送事務の輻輳や人件費の高騰など次第に組合財政を圧迫するようになったので昭和五十年十一月事業を閉じた。
同年十二月一日営業を始めた「箱根購買事業株式会社」は組合員の購買事業を引継いで設立された私企業である。
【購買部の設置】
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