【温泉掘削】

 ボーリングにより深い井戸を掘る方法は大きく次の二法に分けることができる。

    衝撃式掘削法(パーカッション式)
    回転式掘削法(ロータリー式)

 衝撃式掘削法は重い鉄のノミを打ちおろして岩石を砕き、掘り進む。掘削装置は重い鉄のノミ、それを釣り下げ、上下動させるロープ、ロープを巻き取るウィンチ、櫓、及び動力装置からできている。上総の国で考案され、かんがい用水井や天然ガス井の掘削に用いられた、竹の弾力を巧みに利用した上総堀りは箱根ではほとんど用いられず、それを改良した鉄のワイヤ・ロープを用いた衝撃式掘削が大正末期から、昭和四十五年ごろまで盛んであった。昭和三年に完成した湯本一号泉の掘りぬき井戸(深さ一七三メートル)がその第一号であった。
 衝撃式は機械が簡単で、掘削業者が部品をあつめ、自分で組み立てることができ、作業員は一~二人でよかった。しかし、掘削速度が遅く、一日に一~二メートル程度であった。「ガッチャン、ガッチャン」と音をたてながら五〇センチほど掘り進むと、ウィンチでロープを巻き上げ、ノミをスイコと呼ぶ採泥管と交換し、孔底にたまった破砕岩片を取り除いた。この掘削法を「ガッチャン掘り」と呼ぶこともある。崩壊する地層につきあたるとセメントで孔壁を固定したり、時には粘土を投入して泥壁をつくるなどの工夫をした。掘削深度が数百メートルをこすと孔壁とロープの摩擦抵抗が大きくなり、効果的な衝撃を繰りかえせなくなるので、著しく掘削速度が遅くなった。三〇〇~四〇〇メートルの孔井を完成するのに二~三年はかかった。人件費が安く、人里はなれた山中の作業でも働く人がいた昭和四十年ごろまでは、温泉地の急な山腹にボーリング小屋を建て、そこに寝泊し、自炊しての掘削風景が見られた。昭和四十年代になると、人件費が高くなり、長期間にわたって山の中にたてこもるような作業環境で働く人は少なくなり、しだいに掘削速度の速い回転式に置き換えられた。

 回転式掘削法はダイヤモンドや炭化タングステンなどの超硬合金をノミの先端(ビットとよぶ)に埋め込み、そのビットを回転させて地層を掘り進む方法である。ビットは三~五メートルの鉄管(ロッド)につなぎ、孔井内におろし、地上にある高速回転装置につながっている。地上にある装置は、回転掘削中のロッドを上下に動かしてビット先端の圧力を調節する油圧装置、ロッドを上げ下げするウィンチとワイヤロープ、櫓及び切削岩屑を地表に押し流すポンプ、これらを動かす動力装置などによりなる。掘削速度は一日に三~一〇メートルを持つが、作業には少なくとも三人を要する。昭和三十年ごろから温泉掘削に回転式が使われるようになり、昭和四十八年ごろには回転式のみになって現在に至っている、数百メートルの孔井掘削は数か月ないし一年で完成している。

 昭和四十年ごろまでは岩石が丸い棒状に切りとられるコアーボーリングが主流であったが、一~二メートル掘削してコアーチューブが岩石で一杯になると、ロッドを引きあげて岩石コアーを取りださなければならないので、掘削のための時間が少なくなる。特に二〇〇メートルより深くなると、ロッドの上げ下げの時間がコアーボーリングの欠点となっていた。ビット用の超硬合金の開発及びビットの改良がなされ、岩石をすべて地下で粉砕し、強力な送水ポンプで岩屑を排出する掘削法が発展した。掘削が円滑に進むかどうかはポンプの能力によるとさえいえる。

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