ボーリング技術の発展はめざましかった。戦後の手作りパーカッション式から、回転式への変化によって、掘削速度は一〇倍になった。探鉱、石油開発で発展した技術が温泉開発に波及してきた。
掘削速度が遅い時代は、月当たりの掘削費はあまり大きくなかった。施主は、旅館経営をしながら、その売り上げの一部を出来高に応じて支払えばよかった。ところが、近代化されて掘削速度が増すと、数か月以内に全工事費の支払いをしなければならず、資金の工面が必要になった。
掘削を円滑に進めるためには、孔内に生じたスライムを迅速に排除しなければならない。そのために循環泥水の粘性や比重を上げる必要がある。循環水にもっと大量の粘土を加えた。孔内に押し込まれた粘土は孔壁に現れた亀裂に入りこみ、水の出入を止め崩壊を防止する。その反面、困ったことに掘削は順調に進んだが、温泉はおろか水も出ない井戸ができ上がる例が多くなった。ちょうど「手術は成功したが、患者は死亡した」と同じような結果になった。
地中の水圧が高い場合は、孔井が水脈を貫くと水は自噴する。自噴を押えるために高比重の泥水を孔内に送りこみ、作業をやり易くすることは普通である。ところが、箱根のように標高のある山地でのボーリングでは孔内水位が著しく深く、地表から一〇〇~二〇〇メートル程度は普通である。このように孔内水位が深いところで高濃度泥水を用いると、多量の泥水が温泉亀裂に圧入され、回復不可能の泥壁を形成する。古い手法で泥水をあまり使わず、徐々に掘り進んでいた時には温泉が得られた地点で、近代的手法によって空井戸ができたことは皮肉な事例である。
【掘削技術近代化の明暗】
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