箱根温泉 箱ぴた 箱ペディア 【戦争と旅館組合】

【戦争と旅館組合】

 組合の事業も、「時局奉公」にそって計画され、組合執行部は、戦地に赴く組合員の対策と残り少なくなった組合員のまとめにも懸命であった。このころ組合事業も戦局の熾烈に対応する国策型事業に変わっていった。

  一、時局奉公に関する事業

   (一)大詔奉戴日
   大詔渙発の十二月八日を記念して、毎月八日当旅館関係者は神社に参拝し、
   各自の修養に務め、自粛以って聖戦の完遂を祈願する処なり。

   (二)戦歿将兵遺家族並に傷痍軍人及び其の家族優待
   首題の方々に対し当組合旅館は感謝の誠意を披歴する一端として是を
   三割引として優待する制度を恒久的に実施する。

   (三)産業人優待の件
   日本温泉協会の斡旋の下に重要産業従事者の休養に多額なる割引を以て
   是を優待しつつあり。

   (四)防謀講演会
   時局下防謀の肝要弥が上に増大す、小田原警察署の特別なる配意により
   講演会を開催せり。

   (五)浴衣丹前着用制限
   時局下物資愛護と規律自粛の精神を以て旅客に対し浴衣丹前着用外出を
   禁止し其のポスターを作製掲出せり。

   (六)勤労奉仕隊編成
   旅館従業員を以て勤労奉仕隊を編成せり。

   (七)経済報告会
   時局下経済報国は益々肝要なり、統制経済進出に従い稍もすれば親切を
   失うに至る憂いあり、小田原警察署内の経済報国会は、此主旨により
   親切強調練成座談会を開催せられ主旨の徹底に努める。

   (八)西湘商業報国会
   時局下商業報国会の徹底化益々緊急なり、我西湘商業報国会は物資の
   配給の公平円滑化及び企業編成問題の推進、勤労奉仕の実践等に付き
   努力せられし処なり。

   (九)経済協力会創立
   往来の経済報国会、商業報国会、物価協力会は打って一丸となり経済
   問題の解決、経済道義昴揚等協力一致努力する事となり、十二月一日
   より実施。

   (十)防空準備の徹底化
   時局進展に伴い防空準備を徹底化すべきを以って小田原警察署は特に
   組合責任者を会合せしめ深き注意を示達せらる。

   (十一)財団法人大日本国防衛生協会足柄下分会
   決戦態勢の下国防衛生の普及大切なり、主題の協会創立せられ、当
   組合理事長相談役となる。

   (十二)労務調整令施行
   青少年雇入制限強化せられ、従来の実績七割に対する任意雇入不可能
   となり総て、国民職業指導所長(今の公共職業安定所長)の認可を要
   することとなる。此認可申請は総て当組合経由とする。

   (十三)国民貯蓄増強に関する件
   必勝態勢完備の一つとして国民貯蓄を増強する要痛切なり、小田原
   警察署長は親しく組合責任者を召集せられ其主旨を徹底せらる。

  二、物資配給並に共同購入等に関する事業

   (一)酒類の共同荷受事業
   前期に引続き清酒の共同荷受を継続す。
   小田原税務署長の監督の下小田原税務署管内業務酒共販組合の親切なる
   努力により配給を遂行しつつある処なり。又全組合は初夏の候清酒の
   腐敗防止対策を講ぜられ、当組合旅館所在各地に実地指導行はれ時局下
   物資愛護の徹底化なるを以て感謝する処なり。偶々酒類配給中過って
   数樽を破損したるは時局下、特に遺憾とする処なりしが運送会社の損害
   負担と税務所長を始め関係者の御尽力により補充の道打開せられしを
   感謝する処なり。

  (二)主要食糧配給に関する事業

   移動人口を基礎とする旅館業務用食糧品は、過不足常なり。統制上困難
   なる事項の一つにして其数量割当に官庁に於かれても最も煩琑とせられる
   処なり。殊に箱根地内は生産物資なく総て他地域の供給に待つを以て
   物資の円滑なる供給は、箱根の死活問題なり。
   箱根振興会は此問題打開の為め深き努力を払はれ、遂に数字的の調査を
   完了し監督官庁に陳情せられ物資需給の主旨を確立せられ其反響をして、
   旅館業務用の主要食糧の内昼食用材料麵米は当組合が直接配給を取扱う
   事となり、八月分より実施せり。米殻は県の許可を得たる米殻配給要網
   に従い必要基礎数字の調査に付き各町村係員並びに組合と協議の上之を
   定め、監督官庁に申請し其割当を受け配給数量を確定する事となり九月
   より(一部十一月分より)実施せり。

  (三)味噌醤油配給是正に関する件
   前記の通り箱根振興会の努力により、味噌醤油の配給に関し其数量是正
   の根本主旨徹底せらる。只時局下種々準備の為め急激なる増配を困難と
   せらるる処なり。
   当組合は、旅館客取扱延人員並に是等物資消費実績及必要量の調査書を
   監督官庁並に神奈川県味噌醤油統制株式会社へ提出陳情せり。

  (四)石鹸の配給
   石鹸の供給甚だしく不円滑となり遂に官治統制となるを以て、当組合は其実
   績調査を監督官庁に提出し遂に八月より足柄下地方事務所を通じて配給せら
   れつつあり、其他統制外の洗剤を共同購入し是を注文に応じて分配せり。

  (五)塩(しお)
   塩の需給も亦統制を受け二月分より毎月東京地方専売局横浜支所より切符交
   付を受けつつあり。

  (六)食用油
   前期に引続き業務用食用油の配給を継続中なり。

  (七)繊維製品配給
   業務用繊維製品の補充絶え当組合旅館業者のみならず一般旅館業者も困却する
   処なるが、切符制度実施と共に業務用切符の交付なき為め全く購入の道困難
   となれり。当組合は是に対し数次の願出を成したる処此に創立せられたる
   神奈川旅館業組合連合会を通じて、手拭・タオル・敷布の配給を受け
   (現品の配給は次期)旱天に滋雨の如く感謝せる処なり。

  (八)味の素配給
   「味の素」の配給需要に伴わざるに至るを以て当組合は製造会社へ配給に
   付き屡々申出たる処自治統制施行せらるるに至り統制配給を行われつゝあり

  (九)其他特殊注文者の依托により下駄、漬物類の購入切符を行へり。

  (十)木炭
   木炭の直営生産は巳に数ケ所を前期中に完了せしも、次の二ヶ所の状況を
   報告すること左の如し。

  ・明神ケ岳木炭山
   買収立木の約三分の一を製炭せる処如何にも其搬出に困難し、其対策を
   講じつつありし処四月の大暴風雨に山小屋破壊し、製品は全く水浸し
   従て俵は殆ど破損したるは遺憾とする処なり。
   然るに木炭統制規則時々変更あり、自家用製炭及其使用許可困難となりし
   為め、此処に搬出の困難と官庁認可の難色を、二つ乍ら併立したるも巳に
   漸く解決し配給を開始せる処なり。

  ・早川地先木炭山
   前記の通り自家用製産の許可困難にして、尚官庁に願出せり。
 
 組合総会に提出されたこのような「昭和十六年度事業報告書」を見ても、戦時下の旅館経営の厳しさが読みとれよう。「時局奉公に関する事業」の(十三)項国民貯蓄に関する件及び遊興飲食税については『富士屋ホテル八十年史』に詳述しているので紹介しておきたい。

 遊興飲食税法施行規則第九条の三の規定により(昭和十八年)七月二十八日付間第五百号を以て小田原税務署長より遊興飲食の料金に対する税率等を記載した印刷物を客室に表示する事の命令があり、八月二十五日附を以て箱根温泉旅館商業組合よりその印刷物の送付があり、直ちにこれを各室に掲示した。別掲「お客様に御願ひ」がその印刷物で、これによると、一人一泊の料金五円未満は二割、五円以上十円未満は三割、十円以上は五割、夫々課税せられることゝなった。

 直接税、間接税の増加と相呼応して、貯蓄も強調せられる事となり十月十三日附大蔵省令第九三号を以て、旅館宿泊者に貯蓄券を添附することが命令された。即ち一人一泊の宿泊料又は一人一回の食事料金五円以上の場合は、其の料金の二割相当額の貯蓄券を、現金を以て旅客に購入せしむることゝせられ、此の規定は日本人客のみでなく、外人客にも適用せられた。前項の「お客様に御願ひ」と同様に、貯蓄券規則の実施を旅客に周知徹底せしむる印刷物を各客室に掲示することが命ぜられた。

 益々熾烈化する太平洋戦争は日中戦争緒線に見た勝利の夢も破れ、組合員にも戦死者の数がふえて来た。物価統制令の監視も兪々厳しくなり加えて旅館営業の統制も料金改訂停止令の適用をうけた。旅館の料金は他の物価と異なり、標準化するところに難しさがあったので、組合は旅館の宿泊料金を料金改訂停止令から除外するよう、次のような陳情をしている。

 ◇     群馬、新潟地方並びに伊豆箱根地方旅館業者協議会ニ基キ商工省価格形成中央委員会ヘ陳情書提出ス
◇     当組合旅館中標準十旅館調査提出し陳情書を神奈川県へ提出
◇     宿泊料金並ニ現在実施状況調査書類ヲ神奈川県ヘ提出
◇     組合旅館投下資金並ニ収益調査書類ヲ神奈川県ヘ提出
◇     組合旅館業態申告書ヲ神奈川県ヘ提出
◇     宿泊料金統制ニ関スル当組合希望要項を神奈川県へ提出
◇     絵葉書を神奈川県へ提出
◇     其他小田原警察署ニヨル調査、数回ニ捗ル理事会ノ外宿泊料統制調査委員会ノ活動、全国旅館組合連合会ノ懇談、神奈川県旅館組合連合会主脳者協議会、全国旅館組合関東ブロック協議会ノ協議

 このような切迫した情勢の中で、永年懸案であった神奈川県旅館業組合連合会の創立に箱根の組合は大きな推進力となった。県旅連の創立総会は昭和十七年七月に開催された。

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