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【乱開発の影響】

 温泉の乱開発の影響は湯本、宮之下などの古くからの温泉場に厳しく現れた。
 図2は湯本「きよ水」源泉の誕生から枯渇までの経過を示している。昭和五年掘削時、五〇度Cの温泉が毎分七一リットル自噴していた。湯本地域の揚湯量が増加し始めた昭和二十五年ごろから湧出量の低下が始まり、昭和四十年泉温は三五度Cまで低下し、そして自噴は止まった。それ以降孔内水位は序章図18に示したように、年一メートルほどの割合で低下を続け、現在は地表面下七メートルとなっている。
 図3は堂ヶ島の対岸、川久保発電所付近にある温泉地学研観測井の水位変化図である。水位は雨季~乾季による上昇~下降の波を描きながら、年平均一メートルほどの割合で低下を続けている。いずれも水収支のバランスを欠き、揚湯が過剰になっていることを示している。
 湯本では温泉水位の低下に伴い、浅層地下水が温泉滞水層に侵入し、泉温が年平均〇・五度ずつ低下し続けてる。図4は湯本・塔之沢地区にある源泉の深さを温泉台帳番号順に並べたものである。番号が大きくなるに応じて孔井の深さと掘削地点の標高が一般的に大きくなっている。新しい源泉では、その程度が一〇〇〇メートルに達しているものがある。温泉の開発がしだいに困難になっていることを示している。
 このような温泉状況に対応するため、昭和四十二年、県は温泉対策要網を定めた。温泉保護地域に強い制限を加えたが、制限の弱い準保護地域で盛んに温泉開発が行われた。温泉資源の状況は改善されず、古くからの源泉が「きよ水源泉」と同様な傾向をたどった。
 
 すでに述べたように、昭和五十五年県は温泉保護対策要網を大幅に改正し、保護地区に指定した地域の温泉を真に保護するため、新規に開発される温泉に強い制限を加え、箱根では最高限度量を毎分七〇リットルとした。これまでの温泉資源状況を評価するための重要な地下水位を無視し続けたことを反省し、水位に着目し、水収支の概念を取り入れる温泉行政を展開しようとしている。
 
 現在、温泉開発の大波は鎮静化している。しかし、宿泊施設の近代化、大型化によって多量の水を必要とするため、温泉地で深い井戸による地下水開発が進んでいる。地表水は地下水となり、地熱で暖められ温泉となる。大量の地下水を採取すれば当然温泉は減少する。神山東麓の小涌谷、二ノ平、強羅地域の地下水位低下は著しく、その下流部に当たる宮之下、木賀、底倉、堂ヶ島の温泉水位の低下が続いている。
 温泉と地下水は地質学的には一体のものであり、したがって自然の法則に逆らわない総合的な資源行政が進められる必要がある。貴重な温泉を子孫に無事に手渡す責任が私たちにある。
                                   (大木靖衛)
図2 きよ水源泉(湯本13号泉)の掘っさくから枯渇までの経過(平野ら 1974) 

図18 箱根温泉の年度別温泉台帳登録数(昭和4年~昭和54年)(大木ら 1981)

図3 県観測井(川久保発電所付近)水位の経年変化(小鷹 1980)

図4 源泉番号順に並べた孔井深度の比較(湯本・塔之沢地域)(大木ら 1981)

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