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【温泉宿組合から温泉旅館組合へ】

 箱根温泉宿組合が発展途上にあった大正末期から昭和初年にかけては、世の中のすべてが大きく脱皮する時代であった。大正十四年十月二十六日には、神奈川県の宿屋営業取締規則の一部改正が県令六十一をもって公示された。これをうけて「箱根温泉宿組合規約」を改正し、名称と組織を改める必要が生じた。
 大正十五年一月二十日第三十一回通常総会が塔之沢福住楼に開催され、箱根温泉宿組合を改組して新たに「箱根温泉旅館組合」を設立し、組合長には行事川辺儀三郎が留任した。
 続いて同年二月十六日、底倉梅屋旅館に臨時総会が開かれて、役職者の任期満了に伴う改選が行われ、組合長に梅村美誠、副組合長に石村喜作が就任した。また方面委員及び道路委員の改選があった。その際、「箱根復興会」の組織解消について、前年(大正十四年七月十一日)温泉小学校に開催された震災道路復旧祝賀会をもって一応の事業終止とするべきであるという意見が提出されたが、「復興会」の残した道路復興事業を高く評価して、その力を今後の箱根発展に転用するため、道路の整備は勿論、温泉や観光資源の開発宣伝等を基幹とした開発促進団体にすべきであるとの結論に達した。
 そして大正十五年四月七日、箱根温泉旅館組合長梅村美誠ら発起人八名と賛助者九名を得て「箱根振興会」が設立されたのである。その後、箱根振興会が、箱根の観光宣伝、環境整備の中心になって活躍したことは第三章「箱根振興会の活躍」に見られるとおりである。

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