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【街道の並木を伐る】

 この新道の開削費の補助金にあてるため、神奈川県は畑宿付近の杉並木を払下げ財源作りをした。
 箱根八里の象徴でもあった松・杉の並木を伐るという県の見識を欠いた行政のために、湯本・畑宿付近の並木が消えてしまったことは痛恨の極みである。
 明治四十年(一九〇七)十二月十一日付『横浜貿易新聞』社論(社説)に箱根国道問題として湯本から畑宿に至る旧街道の杉並木売却問題が論じられている。

   昨年の通常県会に於て県知事が旧二号国道の一部を廃し湯本三枚橋より温泉村芦之湯村を経て元箱
  根に至る間の里道を以てこれに更ふるの可否につき諮問案を発したる際、県会に於てはこれを否決し
  たり。しかるに県知事は更に之を郡部会に諮問したるところ、郡部会は之を可決したり。…中略…
   かくて県理事者は郡部会の同意を得たるにより、内務大臣に申請して国道変更の許可を得ることと
  なれり。この国道に変更されし里道の開さくに付ては種々の経過ありしことにして明治三十四年の郡
  部会はその開さく補助費として一万五千円の支出を決議し、次いで明治三十五年の郡部会に於ても、
  工事費予算相違との理由を以てまた更に一万五千円の補助費の支出を決議したり、蓋し郡部会が両年
  に渉りてこの補助費の支出を決議せるは、箱根を県下の一大公園と認め殊に海外漫遊客の滞遊地とし
  て県下の一資源たるを思うてのことなりと聞く。然るに理事者は本年九月中急施会を開きて旧二号国
  道の並木を売払い、之によりて五万三千八百三十二円を得るにより、その中より道路修繕費として一
  万一千八百三十一円余、芦の湯村々債補償費として一万六千五百円を支出すべしとの件を付議し、そ
  の決議を経支出したり。並木代金売却代の中二万五千五百十一円八十七銭の剰余金は本県土木資金と
  なすとの案を目下開会中の通常県会に提案したり。…中略…
   何故に県当局は旧国道の並木を売却するを得策とせしや、箱根畑村の並木といへば、人も知ったる
  風致林にして杉七百三十一本、松二百六十一本、檜及び榎百二十四本、雑木八本、しかも何れも鬱蒼
  たる巨木にして四抱へより大なるは十抱へもあるものあり。その箱根の景趣に一種の美観を点じたる
  ことは、いやしくもその地を踏みたる者の皆口にするところなるに、箱根が県下の公園たるのみなら
  ず、外人等がつとに之を世界の公園とまで称する事実を知れる当局者が、その境に一種の風致をそ
  え、旧東海道の俤を偲ぶべきこの古並木を、僅々五万有余の貨幣に換へて濫伐し了らしめんとする
  は。我が神奈川を解せざる沙汰なりとはいはざるべからず。…後略…

 畑宿の一里塚付近石畳道の両側には、このとき伐られた杉の根株が、八〇年の風雪にすっかり腐って羊歯や雑草に覆われて忘れられようとしている。
 明治時代、観光開発の曙の時代は何によらず開発開発と推進された行政に対し、保護の重要なことを強調して厳しく批判した貿易新聞社説は、そのまま今日にも通用するもので傾聴に値するといえる。

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