現行の料理飲食等消費税(料飲税)は第二次世界大戦前から種々の名称のもとに、国或いは地方の独立税、附加税として課税されていたが、昭和二十二年に道府県税として遊興税が設けられ、翌二十三年には遊興飲食税と名称が改められて、昭和二十五年のシャープ税制に引き継がれた。ここで、納税義務者(宿泊客)と徴収義務者(旅館)が明確にされ、過少申告などの不正行為に対しては厳しい重加算金などの罰則が付された。
遊興飲食税は税制改革後の県税の主要税目の一つで、足柄下地方事務所管内の年間徴収額は一億数千万円に達していた。当初の税率は、芸妓の花代については一〇〇パーセント、旅館の宿泊料(食事代を含む)には二〇パーセント、但し芸妓の花代を伴う飲食代については四〇パーセントという高率であったが、宿泊料金が三〇〇円以下の修学旅行は免除された。
このように定められた税であったが、改正後も組合と地方事務所との協議によって箱根の請負額が査定され、組合はこれを各旅館に配分した。この割当作業に当時の組合執行部は大変苦労し、税務担当の理事会が度々開かれている。
公給領収証制度が採用になったのは昭和三十年で、この時、一人一泊五〇〇円の基礎控除が設けられた。遊興飲食税が料理飲食消費税(料飲税)と名称を改めたのは昭和三十六年である。