箱根温泉 箱ぴた > 箱ペディア

箱根のオンライン百科事典「箱ペディア」

【箱根温泉旅館商業組合へ改組】

 日中戦争が拡大し、泥沼化していくなかで、物資は次第に欠乏し、日本経済は政府主導による統制経済体制へと移行していった。旅館経営上欠くことのできない薪・炭・砂糖・繊維製品などが配給制になり、旅館組合も統 ...

【組合事務所の新設】

 組合の事務所は慣例でその行事宅に置かれていたが、大正二年頃から塔之沢環翠楼の一室(現在の環翠楼のガレージ付近・鈴木二六氏談)を借用するようになった。その後別棟の建物に移ったが、昭和十五年(一九四〇) ...

【箱根温泉旅館施設組合へ改組】

 昭和十九年六月二十一日の県通達によって、「温泉旅館商業組合」は更に、「箱根温泉旅館施設組合」に改組しなければならなくなった。この法改正により、商業同業組合関係法と工業同業組合法が統合され新たな商工組 ...

【終戦時の箱根温泉旅館施設組合】

 太平洋戦争も昭和二十年に入ると、沖縄本島が戦場と化し、都市空襲の熾烈さは我が国史上かつて経験のない戦局となった。  このような状況の中で組合は学童疎開の宿舎提供や陸軍病院に対する協力に全力をあげてい ...

【箱根温泉旅館商業協同組合へ改組】

 同業協同組合関係法令の改正に伴い旅館施設組合は、昭和十九年七月以来の幕を閉じ、昭和二十二年四月十二日「箱根温泉旅館商業協同組合」に改組して新時代へ発足した。新組合設立時の組合員は八十一人で、終戦以降 ...

【箱根温泉旅館協同組合へ改組】

 戦後の混乱期から脱出し、業界全体に落ち付きが見え始めた昭和二十五年民主化の世相を反映して業界の活発な動きや世代の交代もあり、従来の旅館経営から自由闊達な発想と思い切った構想が生まれるようになった。政 ...

【商工中金転貸融資の導入】

 昭和二十五年に入ると、朝鮮戦争による特需景気を背景に、大箱根観光協会の活躍による毎日新聞主催全国観光地百選第一位当選や小田急の湯本乗入の実現など、箱根温泉は戦後の復興を着々と進めていた。旅館もまた税 ...

【組合支部の開設】

 購買部の構想と併行して検討されていた支部設置の問題は、二十七年一月に開催された役員会の席上、協議案として提出された。その構想は、同年八月一日の第二回定時総会の協議事項として上程され湯本町、宮城野村、 ...

【専務理事の選任と石村理事長の町長就任】

 昭和二十年後半に入ると、箱根全山の復興は急速に進み、交通機関の発達、旅館・ホテルの増設更には温泉開発など近代的観光地としての基礎を着々と固めていた。旅館協同組合も新規に開業する組合員を加え、長期転貸 ...

【購買部の設置】

 旅館必需物資の共同仕入は戦後発足した商業協同組合においてもすでに実施され、畳表、石鹼、漬物の他消火器などを取扱っていた。朝鮮動乱後箱根を訪れる観光客は急激に増加し旅館・ホテルでは物資の調達に一層追わ ...