旧東海道は箱根を越えて通過するための街道であったが、江戸時代後半より、箱根の七湯が庶民の湯治場となり、七湯めぐりの温泉道が箱根の各地を結んでいた。しかしこの道はせいぜい徒歩、馬、駕籠が通れる程度の道 ...
この新道の開削費の補助金にあてるため、神奈川県は畑宿付近の杉並木を払下げ財源作りをした。 箱根八里の象徴でもあった松・杉の並木を伐るという県の見識を欠いた行政のために、湯本・畑宿付近の並木が消えて ...
明治時代、国道一号線と、宮之下から仙石原を経て御殿場に通じる二号国道(現国道一三八号線、明治四十五年・一九一二・開通)と二つの幹線道路が開通したが、いずれも自然破壊は少なく線に止まった。また開発も部 ...